草 京子さん「夜間中学の母」逝く 闘病中も全国に増設訴え

神戸市の公立夜間中学校で約20年間教え、夜間中学を増やす活動にも尽力してきた元教諭の草京子(くさ きょうこ)さん=神戸市須磨区=が1月中旬、腎盂(じんう)がんのため65歳でこの世を去った。生徒一人一人の人生に寄り添い、年齢や国籍を超え「母」と慕われた。早過ぎる死に、各地の教員仲間や教え子らから惜しむ声が上がる。

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草 京子さんのプロフィール

引用:https://www.kobe-np.co.jp/

草 京子さんのプロフィールを紹介したいと思います。

項目情報
生まれ富山県
学歴同志社大学卒業
1978年神戸市教育委員会採用 一般中学で国語を教える
1992年兵庫中学北分校(夜間中学)(神戸市兵庫区)へ赴任
2006年丸山中学西野分校(夜間中学)(神戸市須磨区)へ赴任
2014年定年退職
2016年がんが見つかる
2018年「ひょうご夜間中学をひろげる会」を発足
2019年1月19日腎盂がんの為午前1時55分永眠

一般中学で国語を教えていた1980年頃、不登校などに悩む子供のフリースクールを作り活動に参加し、問題を抱える生徒の教育に興味を抱き夜間中学の教壇に立つ事を志す様になる。

覚えたての文字で「字を読みたい、書きたいと思い続けて44年」と綴った被差別部落出身の女性。53歳で入学した在日コリアン2世の女性も幼少期から差別され、それまで生きる事で精一杯だったが学ぶ喜びに生き生きしていた。そこでは戦争や差別、貧困等様々な事情や理由で十分な教育を受けられなかった人たちが懸命に学んでいる。その姿を目の当たりにして、後の彼女の半生を決める事となった。

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草 京子さんの顔写真

引用:https://www.kobe-np.co.jp/

草 京子さんの写真を掲載致しました。熱心に教えているところです。草 京子さんは休日も作文指導したり卒業後も識字教室に付き添ったりしていました。そのかたわら「全国で初めて公立夜間中学が出来た神戸から発信」と、夜間中学の歴史をまとめ拡充の必要性を訴えています

丸山中学西野分校時代は、従来の中国残留孤児や在日コリアンに加え東南アジアから来日した「ニューカマー」と呼ばれる外国籍の生徒が増えて来ました。これらの問題にも熱心に対応し生徒一人一人にあった教え方を実践していました。

草 京子さんのSNS

草 京子さんのFacebookです。

https://ja-jp.facebook.com/kyouko.kusa

多分更新や返信はありませんが、興味のある方は覗いてみて下さい。

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草 京子さんの活動

約20年に及ぶ夜間中学の勤務を通じ広く夜間中学の必要性を訴えてきた。2016年『夜間中学など教育機会の確保を盛り込んだ教育機会確保法』が成立、2018年には「ひょうご夜間中学をひろげる会」も発足させた。

公立夜間中学校

公立夜間中学校について説明をしておきます。公立夜間中学校は義務教育を修了出来なかった人や外国人を対象に、自治体が中学校の校舎を借りて夜間に開く学級の事を言う。1949年駒ヶ林中学で開設されたのが全国初とされる。1954年の87校をピークに減少に転じ、2017年には8都府県31校になっている。在席人数は1,687人となっている。

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まとめ

道半ばで逝った草 京子さん、さぞかし無念だった事だと思います。しかしその意思を受け継いで活動を続けている人がいます。草 京子さんの思いは永遠に生き続ける事と思います。

草 京子さんのご冥福をお祈り申し上げます。

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